【21-12】アジア・太平洋途上国の経済成長回復 コロナの影響は教育で長期に
2021年05月07日 小岩井忠道(科学記者)
アジア・太平洋開発途上国の今年の国内総生産(GDP)の前年比伸び率は7.3%という見通しを、アジア開発銀行(ADB)が4月28日、公表した。ただし、復興の度合いは国・地域によってさまざまで、いち早く経済回復を成し遂げた中国が全体のGDPの上昇もけん引している効果を挙げている。2022年は5.3%にスローダウンするとの見通しも示した。同日、マニラのADB本部からビデオ会議システムで記者会見した澤田康幸ADBチーフエコノミストは「今後の最大のリスクは、新型コロナウイルスの再流行とワクチン接種の遅れ」と語った。すでに学校閉鎖による教育面での影響が大きく現れていることに注意を促し、学習時間が失われたことによる生涯賃金の減少が、データが得られた国・地域だけで総額8,400億~1兆7,800億ドル見込まれる、という試算値も示した。
澤田康幸アジア開発銀行チーフエコノミスト(日本記者クラブ「YouTube会見」動画から)
アジア・太平洋開発途上国は、ADBのアジア・太平洋地域加盟国から日本、オーストラリア、ニュージーランドを除く46カ国・地域を指す。2020年は中国を除き、すべてマイナス成長だった。ADBが1月公表したアジア・太平洋開発途上国の経済見通しでは、2021年の対前年比GDPは6.8%。今回さらに0.5ポイント上方修正し、回復に転じるのは早いという見通しをより明確にした。
国・地域別でみると、中国が1月の見通しの7.7%から8.1%に上がっているのが目を引く。インドも8.0%から11.0%に上方修正されているが、今回の数値はインドの感染爆発が起きる前、3月末時点の予測。澤田氏は、今後の見通しに対する最も大きな脅威を「新型コロナウイルス感染の好ましくない進展」とし、具体的に大規模な再流行とワクチン接種の遅れを挙げた。
新型コロナウイルス感染の深刻さを示すデータとして、詳しく紹介されたのが教育に及ぼしている影響。国・地域によって差はあるものの学校が閉鎖され、大幅な学習損失が発生していることを澤田氏は重視している。2020年2月から2021年4月までに学校閉鎖となった日数は、ネパールの400日を筆頭に、インド、香港、ブータン、ミャンマー、インドネシア、ブータンが350日以上~400日未満に上る。
「アジア・太平洋途上国全体で1年間の通常の学習時間の29%が失われた。特に学校閉鎖が長かった南アジアでは55%に上る」。澤田氏は、教育に及ぼす影響の深刻さをこのように指摘した。
学校が全てあるいは一部閉鎖された国・地域別日数
(2020年2月~2021年4月)
(澤田康幸ADBチーフエコノミスト記者会見提供資料から)
さらに、学習時間が失われたことでどれほど将来の収入が減少するか、という試算値も示された。「人的資本の減少は、経済が大きな損失を被ることを意味する」(澤田氏)という観点から、ADBが重視する試算だ。データが不十分なため、香港、台湾、太平洋島しょ国の多くは除かれているが、アジア地域のほとんどの国が予測対象になっている。最も収入減が見込まれるのは東アジア開発途上国(中国、韓国、モンゴル)で、現在の貨幣価値にして総額5,500億~1兆3,400億ドル(中間試算値で8,900憶ドル)。アジア・太平洋開発途上国全体では8,400億~1兆7,800億ドル(同1兆2,500億ドル)に上る、とされている。これを2020年の対GDP比でみると東アジア開発途上国地域で3.3~8.1%(同5.4%)、アジア・太平洋開発途上国地域全体で3.6~7.6%(同5.4%)に相当するという試算値も示された。
「将来、労働市場に参加する若者が学習時間を失ったことで、将来の賃金、所得が減る。こうした失われた生涯賃金がすでに1年間で一人あたり180ドル、2万円生じている。アジア・太平洋開発途上国全体では1兆2,500億ドル、130兆円にも上ることを意味している」。澤田氏は、学校閉鎖の影響が将来にわたって大きな影響を及ぼすことをこのように強調した。
将来喪失すると見込まれる収入の現在価値
(澤田康幸ADBチーフエコノミスト記者会見提供資料から)
米中対立が今後のアジア・太平洋地域の経済見通しに与える影響について澤田氏は、全体としては貿易が拡大し、復興を支える方向に進むという見通しを明らかにした。実際に全体として中国の輸出が増えていることや、中国の米国向け輸出が減った代わりに、ベトナムやマレーシアの輸出が増えるなど中国以外のアジア開発途上国が恩恵を受けている実態を指摘した。
来年については、中国がいち早く新型コロナ感染拡大前の成長に戻り、東アジアの他の国がこれに続くとの見通しを明らかにした。東南アジア、南アジアの国々も新型コロナワクチン接種が順調にいけば3~5年で経済復興が可能、としている。ミャンマーについては、昨年8月に強いロックダウン措置をとったことなどから今年のGDP対前年比はマイナス9.8と予測し、新型コロナウイルスに加え政治的なリスクの増大を考慮して、来年の成長率は設定しなかったことを明らかにした。
関連サイト
日本記者クラブ「『アジア経済見通し2021年版』報告書会見 澤田康幸・アジア開発銀行(ADB)チーフエコノミスト」
同「YouTube会見動画」
アジア開発銀行ニュースリリース「コロナ禍が続く中でも、2021年のアジア開発途上国の成長率はプラス7.3%に」
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