露口洋介の金融から見る中国経済
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【21-05】金融政策の枠組みと公開市場操作の手法

2021年05月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は5月11日に2021年第1四半期金融政策執行報告を公表した。その中で、金融政策の枠組みについてと、公開市場操作の手法について説明する2つのコーナーが設けられている。今回はこれらの内容について検討してみたい。

金融政策の枠組みの改善

 今回の報告には、まず「現代的金融政策の枠組みを健全化する」と題されたコーナーが設けられている。同コーナーでは金融政策の波及経路を、金融政策手段→中間目標→最終目標と整理する考え方に立ち、中国の金融政策の枠組みについて検討している。同コーナーの概要をまとめると以下のようになる。

 「中国人民銀行法」は金融政策の最終目標として「通貨価値の安定を保持し、並びにこれをもって経済成長を促進する」ことと定めている。物価の安定を保持するために実体経済の発展が必要とする通貨の増加率は名目経済成長率に適合したものである必要がある。2020年の中央経済工作会議の「第14次五カ年計画と2035年長期目標綱要」では「マネーサプライと(非金融部門の資金調達総額を示す)社会融資規模の増加率を名目経済成長率と基本的に整合的なものとする」とした。金融政策の中間目標は、広義マネーサプライM2と社会融資規模の増加率を名目経済潜在成長率と整合的なものにすることである。

 一方、人民銀行は、金利の市場化の一環として、貸出市場報告金利(LPR)の形成システムの改革を進めてきた。LPRは銀行が貸出を行う際の金利設定の基準となる(LPRの詳細については2020年9月の本コラム 参照)。LPRは政策金利を基に設定される。人民銀行は公開市場操作の7日物リバースレポ金利を短期政策金利、1年物中期貸出ファシリティ(MLF)金利を中期政策金利とする政策金利体系を構築している。そして有担レポ7日物加重平均金利(DR007)を代表とする短期金融市場金利を短期政策金利で誘導し、さらに中期政策金利を基に(1年物と5年物の)LPRが設定され、それを通じて実際の銀行貸出市場の金利に至る金利波及経路が整備されている。他の金融政策手段と合わせて、資金の需給と資金配分を調節し、金融政策目標を実現している。

 そして、構造的な資金配分面では、流動性の数量・価格と銀行が貸出によって預金を創造する行為の連携を通じて、資金がイノベーション、小型零細企業、環境分野など国民経済の重点領域や脆弱な分野に流れるように誘導している。

 このように通貨価値の安定を最終目標として堅持し、マネーサプライと社会融資規模の増加率を経済成長率と整合的なものとすることを中間目標として定型化し、金利形成の市場化とその波及メカニズムを整備することによって、現代的金融政策の枠組みが構築されている。

公開市場操作の運行状況

 今回の報告では金融政策関連でもう一つ「中央銀行は公開市場操作を精確に実施」というコーナーが設けられている。そこでは概要以下のようなことが述べられている。

 公開市場操作の手法は、不断に改善されている。公開市場操作をみる際、重視すべきは数量ではなく価格(金利)である。今年の旧正月前後の資金需要については、コロナ禍の影響で例年と大きく異なった。人民銀行は多くの要因を勘案し予測を行い、旧正月前後の金利の安定を目標として旧正月を跨いで近年では最低となる4300億元の資金を供給する公開市場操作を行った。この結果、短期金融市場における有担レポ7日物加重平均金利(DR007)は、人民銀行が公開市場で実施する7日物レバースレポ金利である2.2%前後で安定した推移を示した。

 人民銀行は毎月半ばにMLFによる資金供給を定例的に行い、毎日7日物リバースレポなどによる公開市場操作を行うことを慣例としている。公開市場操作に際してはDR007など短期金融市場における基準金利の動きを注視している。市場参加者が人民銀行の公開市場操作をみる場合、7日物リバースレポやMLFのような政策金利、および市場基準金利の動きに注目すべきであり、公開市場操作の数量を過度に重視すべきでない。

 金利市場改革の進展により、中国ではMLF金利を中期政策金利、公開市場操作金利を短期政策金利とする人民銀行の政策金利体系が形成されている。

現状をどのように評価すべきか

 今回の報告の金融政策関連の2つのコーナーを読むと、中国人民銀行の金融政策の運営手法において、数量を重視する手法から価格(金利)を重視する手法への移行が大きく進んだことがうかがえる。

 2001年に当時の人民銀行総裁である戴相龍が編者となり人民銀行スタッフが執筆した「領導幹部金融知識読本」(改訂版)という本が出版された。この本の金融政策の部分では、通貨乗数の考え方が示されており、中央銀行がベースマネーを操作すると通貨乗数を通してマネーサプライを変化させることができると説明されている。以前は、このような考え方に従い、人民銀行はベースマネーの超過準備率という数量指標の変化を金融政策手段として重視していた。2015年に発行された同書の第三版では、通貨乗数の考え方は姿を消した。しかし、「金融政策の操作目標は未だ確立していないが、日常の操作では超過準備率と短期市場金利をモニターしている」と述べられている。そして「前者はベースマネーの数量を示し、後者はベースマネーの価格を表す」とされており、金利と並んで依然としてベースマネーの数量が重視されている。

 今回の報告では、公開市場操作の数量ではなく金利を重視するよう考え方が変化したことが明示されている。また、7日物リバースレポと1年物MLFの金利を政策金利とし、短期金融市場基準金利や、MLFを基に設定される1年物、5年物LPRを通して貸出市場などの金利に影響を及ぼすという金利政策の波及経路が整備されたと述べられている。

 一方、マネーサプライや社会融資規模など数量指標が金融政策の中間目標と位置付けられている。そして、これらの指標を直接コントロールする「窓口指導」も未だに実施されている。今回取り上げた2つのコーナーでも資金配分面で銀行に対する誘導が行われていることが示唆されているが、人民銀行のウエブサイトを見ると、例えば2020年4月に河南省の人民銀行鄭州支店で窓口指導会議が開催され、融資総量の安定した増加を確保することを銀行に要求したことが示されている。銀行の貸出総量をコントロールする「窓口指導」は依然として人民銀行の有力な金融政策手段であり続けている。

 また、日銀の以前の無担保コールレート(オーバーナイト物)のような金融政策の操作目標という概念は存在しておらず、複数の金融政策手段を駆使して中間目標を達成するという考え方となっている。

 これらを総合すると、人民銀行の金融政策手法において以前と比べて金利を重視する程度は格段に大きくなっているが、いまだに主に金利によって金融政策を行うという手法にはなっていない。政策金利に加えて預金準備率の変更、再貸出・再割引、窓口指導などの複数の金融政策手段を併用して中間目標である数量指標を達成しようとしている状況にある。特に、中国の金利は経済成長率と比べ低めに抑制され、金融機関の利鞘確保もねらってコントロールされており(本年2月の本コラム 参照)、窓口指導による数量管理は欠かせない。

 このような金融政策の手法である限り、その有効性を阻害する恐れがある海外との資本移動の大幅な自由化にはまだ時間がかかりそうである。

(了)