【09-004】中国における国際共同研究経費のあり方と中国におけるImpact Factor を使った研究評価について
2009年4月8日
高橋 保(たかはし たもつ):北海道大学触媒化学研究センター 教授
1955年生まれ。
1883年 東京大学大学院工学系研究科博士課程卒業 工業化学専攻 工学博士
1995年 北海道大学触媒化学研究センター 教授
2001年~2002年 北海道大学総長補佐
2002年~2006年 北海道大学触媒化学研究センター長・評議員
1998年~2003年 JST CREST研究代表者
2003年~2008年 JST SORST研究代表者
数年前から、分子研を初め有志と協力して設備の相互利用のための化学系研究設備有効活用ネットワークを作っています。
詳しくはwww.ims.ac.jp/indexj.html をご覧ください
現在、中国の交通網は北京などの大都市を中心に、地下鉄や高速鉄道が整備され、移動が非常に便利になってきた。中国の最大の都市といえば上海であるが、第2の都市は北京、第3の都市は天津である。この2つの都市は人口、1千5百万人(北京)と、1千万人(天津)であり、非常に近いところに位置している。数年前、高速道路がまだ整備されていないときに、タクシーで北京から天津に行ったが、4時間以上かかった記憶がある。高速道路が整備されて、昨年のオリンピックの直前に高速バスで天津から北京に来たときには2時間程度で移動できたので便利になったと思ったが、今回できた高速鉄道を使ったら、なんと30分で北京から天津に着いてしまった。しかも15分から20分間隔で高速鉄道が発車していて非常に便利になった。
科学技術振興機構より中国に関して何か書くようにとの要請を受けた。私の研究室はこれまでに留学生、研究員として中国人が45名以上滞在し、そのうち現在把握しているだけでも25名以上が中国に戻って大学や研究所の教授、副教授、講師などになっている。
留学生が帰国する際に積極的にサポートしたため、留学生は北京大学、清華大学、化学研究所、上海有機化学研究所などの主要なポジションをとり、現在では教授として活躍している。今でも年に通常8回程度、多いときで12回程度中国を訪問し、卒業生との共同研究や論文投稿の相談、叱咤激励を行っている。1998年から北京大学、清華大学、石油大学、華東師範大学などに共同実験室を設置したり、3ヶ所にNMRの設備を設置したりして活動を広げ、2008年からは人民大学でオフィスと実験室を提供してもらい、学部の授業、大学院の授業を時間のあるときに行なっている。
日本の国際共同研究の特徴(あるいは問題点)は、その研究費の仕組みにあるといっても過言ではない。多くの国際共同研究費は、マッチングファンドの形を取っており、日本と海外とで同時に研究費を申請することが必要で、日本で獲得した研究費は日本国内での研究費や外国旅費、滞在費、通訳などの経費には利用できても、海外での物件費や研究員の人件費には使用することができない。中国との共同研究でも同じであり、中国国内で使用できる研究費は中国側研究者が獲得してきた研究費を使う以外に手立てがない。また日本の大学で確保している研究費は海外での物件費や人件費には原則として使えない。
1998年に科学技術振興機構のCREST研究代表者として採択していただいたときに、この壁を越えようと科学技術振興機構に何度もお願いした結果、研究費を中国側に送ることを許可していただいた。今でも何人かの研究者の方から、それがきっかけとなって、現在、海外に拠点をおいて経費を使うことができるようになっているとお礼を述べられることがある。が、しかし科学技術振興機構では日本の研究費を海外の研究者に使用させるのは問題ではないだろうかというご指摘があるとも聞いている。それは海外に送った研究費を日本人研究者がイニシアチブをとって海外で研究費を使って研究活動を行う仕組みが十分にできていないからである。
研究費は海外の大学あるいは研究者のアカウントに入るので、日本人研究者に決定権がない。海外での共同研究などを積極的におこなっている研究者はいつもこの壁にぶつかって苦労している。長い間この壁を破ろうと考えてきて、今回人民大学で活動することをきっかけにして、この壁を破って先に進んで見たいと考えた。すなわち、人民大学に私の研究費のアカウントを作ってもらって、研究費を確保し、日本人研究者の決定権で確保した研究費を使って研究を進めるという、ひとつ先のパターンを創るためである。現在、研究費用のアカウントはすでにいただいていて、研究費も確保したので、これからこの新しいパターンでの活動を行なおうと考えている。これにより次の問題点が見えてくるのではないかと思っている。
もうひとつ、このチャンスに少しお話しておいたほうがよいと思ったのは、中国における評価のあり方である。中国での評価の大きな特徴は論文雑誌のImpact Factor(インパクト ファクター)が用いる傾向が強いということである。
Impact Factor とは特定の1年間において、ある雑誌に掲載された論文が平均的にどれくらい頻繁に引用されているかを示す尺度である。これは一般に、論文の影響度を示している。
研究者をどのように評価するかは日本でも非常に難しい問題であるが、中国ではこのImpact Factorを積極的に用いている点が特筆に値する。たとえば大学に助教(Assistant Professor)のポジションに応募する際、たとえば天津大学では、自分がファーストオーサー(第一著者)になっている論文のImpact Factorの総和が7を越えていなければ応募できない。たとえ論文発表をたくさんしていても、第2著者や第3著者になっている論文はカウントされない。
上海有機化学研究所では、1年間に発表した論文のImpact Factorの総和が30を越える研究グループは、研究費がもらえる。昨年まで25万人民元、約370万円がもらえた。Impact Factorの総和が30をはるかに超えても同じ金額である。最近この研究費が12万人民元(約180万円)に減額されている。この総和のランキングはさらに細かく分類されている。たとえばImpact Factorの総和が25の場合、9.6万人民元(約144万円)、20の場合7.2万人民元(約108万円)、15の場合4.8万人民元(約72万円)、10の場合、2.4万人民元(約36万円)となっている。有機化学の分野で最もレベルが高い論文とされているアメリカ化学会のJ. Am. Chem. Soc.に論文を1報発表すると、1報につき3万人民元(約45万円)がもらえる。毎年Impact Factorの総和が低い教授が何人か出るそうであるが、その場合、研究所を追い出されるのだそうである。すぐにではないだろうが、徐々にプレッシャーがかかってやがては出て行くのであろう。清華大学ではImpact Factorが7以上の論文をいくつ出したかということを話題にしているようである。Impact Factorが7以上の論文を出せない教授は同じように大学を追い出されていくのであろう。Impact Factor を利用する制度に対して批判もあり中国では少しずつ慎重になりつつあるといわれている。そこで外部による評価を実施しているが、客観的な評価としてどうしてもImpact Factorが利用されているようである。Impact Factorが資格審査に利用されている感じである。
以上中国での2つの話題について述べさせていただいた。中国の制度を見ながら日本の制度の問題点を考え、改善に役立てていくのが良い方向であると認識している。