露口洋介の金融から見る中国経済
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【21-08】貸出金利の低下と預金上限金利決定方式の見直し

2021年08月30日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行が8月9日に公表した2021年第2四半期金融政策執行報告には、「貸出金利の緩やかな低下」と題したボックスが設けられている。同ボックスでは、6月に実施された預金金利の上限決定方式の変更についても触れられている。今回はこの2点について考えてみたい。

貸出金利の低下

 2019年9月の本コラムで述べた通り、人民銀行は、2015年10月以降、人民銀行が公表する預金・貸出基準金利の水準を変更せず維持する一方、2019年8月に貸出市場報告金利(LPR)の改革を行い、貸出金利の低下を促してきた。LPR1年物については、1年以下の貸出基準金利が4.35%であるのに対して、2019年8月に4.25%とした後、順次引き下げを行い、2020年4月に3.85%に引下げ、現在まで同水準を維持している。

 今回のボックスでは、2020年3月に公布された「貸出市場報告金利を金融機関内部移転価格体系に導入することに関するガイドライン」に従って、人民銀行が金融機関に対し、LPRの内部移転価格(FTP)システムへの導入を促していると述べられている。FTPは銀行の本部と営業店の間など部門間の資金移転についての金利設定を意味しており、これをLPRに連動して動かすことによって、銀行の営業店における貸出金利がLPRに連動して変動する効果がより強化される。既に全国的な銀行についてはFTPへの導入が終了しているが、地方銀行については63%が実施しており、LPR改革前と比べて14%ポイント上昇した。

 また、人民銀行は2021年3月に、貸出業務に従事するすべての機関に対して、貸出金利を年率で表示することを要求する公告を公布した。貸出を行うインターネットのプラットフォームなども対象となっている。2021年6月末には、全ての銀行が年率表示を行っており、6000を超す貸出機関とインターネットプラットフォームが年率表示を実施している。これによって、借り手はより容易に借り入れコストを認識することができるようになった。

 これらの措置もあって、貸出金利は引き続き低下している。今回のボックスによると、中国の経済成長は既に潜在成長率に回復しており、マネーサプライと非金融部門の資金調達総量を示す「社会融資総量」の伸び率は名目GDP成長率と基本的に整合的となっている。従って、マクロ的に見て、金利水準は合理的水準で推移している。2021年上半期の貸出加重平均金利は5.07%、前年同期比0.07%ポイント低下、前年1年間と比べると0.08%ポイントの低下を示した。うち、企業貸出金利は4.63%、前年同期比0.16%ポイント低下、前年一年間と比べると0.09%ポイント低下している。

預金金利上限決定方式の変更

 今回のボックスでは、貸出金利低下の要因として、もう一つ、預金金利に対する監督管理方法の変更が挙げられている。本年2月の本コラム では、貸出金利の低下に合わせて、人民銀行が預金金利の低下を促していると説明したが、今回のボックスでは、2021年6月21日に銀行の業界団体である市場金利自律機構が、預金金利の上限の決定方式を変更したと述べられている。預金金利の上限については、公式には2015年10月に上限が撤廃されたが、2016年6月に市場金利自律機構が人民銀行の監督の下で、基準金利の1.3~1.4倍とするという申し合わせを行ったことを2016年7月の本コラム で述べた。

 今回の見直しでは、基準金利の何倍という倍数で上限を定める方式から、基準金利への上乗せを何%ポイントという形とする方式に変更した。ボックスでは、今回の見直しは市場の競争を秩序だったものとし、銀行の負債コストを安定させるものと説明している。そして、新しい決定方式の実施状況は良好であり、全国的な銀行については表示金利にほとんど変化がないものの、一部の地方銀行については中長期預金の表示金利が低下したと述べられている。

銀行の利鞘確保が目的

 前述の通り、マクロ経済については、既に潜在成長率に回復しており、マクロ経済政策としての金融政策は2019年以前の通常運行状態に戻っている。政策金利は2020年4月以降変わっていない。一方、2020年8月の本コラム でも説明したように、コロナ禍で大きな影響を受けた中小零細企業向けに、人民銀行は再貸出や再割引による資金繰り支援、元本・利息の支払い延期措置のための支援措置などを行っている。そして、中小零細企業や民営企業などに対する貸出について金利を低下させるよう銀行に対して促しており、その結果、全体の貸出金利が低下を続けている。

 貸出金利の低下によって、銀行の利鞘は縮小している。銀行保険監督管理委員会のデータによると、商業銀行の利鞘は2019年には2.20%だったが、2020年は2.10%、2021年上半期は2.06%となった。中小零細企業への貸出の積極化や、元本・利息の返済延期などによって、今後、不良債権が増加する可能性がある。銀行が不良債権を処理する原資は、まずは利益であるから利鞘を確保することが重要である。過度の競争によって預金金利が高止まりすることを防ぎ、預金金利の低下を促すために上限決定方式の見直しが行われたわけである。

 興味深いのは、2016年6月の貸出金利下限と預金金利上限の設定は銀行間の自主的な申し合わせであって、人民銀行が金利を規制しているわけではないとしていたが、貸出金利の下限については2019年8月のLPR見直しの際に同時に撤廃を公表し、預金金利の上限については、今回の報告で、「預金金利監督管理の改善、銀行負債コストの安定を保持」という見出しの下で説明しており、これらが人民銀行の監督の下で行われていることを明白にしている点である。今後も銀行の貸出金利についてはLPRを通じて、預金金利については今回見直された上限決定方式を通じて、人民銀行がコントロールする状況が継続するであろう。

預金準備率引き下げも銀行の収益対策

 人民銀行は2021年7月15日から預金準備率を0.5%引下げた。その際の人民銀行の公表文では、「穏健な金融政策の方向性に何ら変化はなく」、「今回の措置は金融政策が通常状態に復した後の通常かつ規則的なものである」としており、措置の意味が分かりにくいものとなっている。銀行部門が貸出を拡大し、それに伴って預金が増加するが、かつては為替市場における人民銀行の人民元売り、外貨買いの介入によって、銀行部門に資金が供給され、それによって銀行部門は準備預金を増加させていた。しかし、現状、人民銀行は為替市場介入をほとんど行っておらず、外貨準備は増加していない。それに代わって、人民銀行は主にMLFによって資金を供給している。

 2020年はコロナ禍対策で銀行部門は貸出を大きく増加させており、マネーサプライも3月から12月まで10%を超える高い伸びを示した。MLF1年物の金利は2.95%であり、法定準備預金に対する付利水準は1.62%なので、銀行は逆鞘で準備預金を増加させていることとなる。今回の預金準備率の引下げの目的としては、このような逆鞘の増大を抑制し、銀行の収益を確保することによって、貸出態度の消極化を防ぐという側面が大きい。金融緩和のレベルを一歩進めるというよりは、従来の金融緩和のレベルを維持するための措置と見ることができる。

 なお人民銀行の公表文では、今回の措置で銀行の資金コストが毎年130億元削減され、それを通じて社会全体の資金調達コストの低下をもたらすことができるとされている。

(了)