【23-18】中国企業ワールドカップ戦記
陳惟杉/『中国新聞週刊』記者 舩山明音/翻訳 2023年03月09日
ワールドカップ〔以下、W杯〕では、多くの中国企業の商品・サービスが人々の目に触れた。こういった企業によって、中国とW杯の結びつきはより緊密なものとなっている。中国企業のW杯スポンサー第1号は2010年の南アフリカ大会だった。その後2018年のロシア大会でピークを迎え、2022年のカタール大会では数が減っているものの、ビジネスチャンスとしてのW杯に変わりはなく、中国企業は選手が激闘を繰り広げたピッチとは別の場所で戦っていた。
一般的なサッカーファンと同じように、陳顕春は4年に1度の祭典を心待ちにしている。ただし違うのは、彼女の「W杯」の始まりと終わりの時期が少し早いということだ。
陳顕春は、義烏〔浙江省金華市にある世界的な日用品取引の中心地〕で主にトロフィーやメダルを扱う企業を経営している。自身はサッカーファンではないが、会社が生産する商品のため、W杯とは切っても切れない関係がある。
W杯は世界最大クラスの競技会IPであり、その盛り上がりはオリンピックをも凌ぐほどだ。例えば2018年のロシア大会では、観戦した人の数は世界の総人口の半分近い35億人に迫った。国際サッカー連盟〔FIFA〕会長のジャンニ・インファンティーノ氏は、2022年カタール大会の観客数を50億人に達すると予測した。国際サッカー連盟がW杯を「最も効率的な国際ビジネスプラットフォーム」と呼ぶのもうなずける。
2014年のブラジル大会の直前、陳顕春の会社に大量のトロフィーやメダルなどの商品の注文が舞い込んだ。記憶によればそのときの注文量はかなりのもので、後にも多くの客が争うように工場で商品を買い求め、ほとんどあるものは何でも買うという状況だった。このとき、陳顕春はW杯がもたらすビジネスチャンスを初めて意識した。この後、4年ごとにW杯は巡り、2022年は3度目になった。
陳顕春の会社は、中国の多くの企業の典型だといえる。こういった企業によって、中国とW杯の結びつきはより緊密なものになっている。
ビジネスチャンスとしてのW杯
2010年の南アフリカ大会で、英利集団〔太陽電池メーカー〕は中国企業でW杯のスポンサー第1号となった。
英利集団は2014年のブラジル大会で、再びW杯のスポンサーを務めた。その後、スポンサーとなった中国企業の数は2018年のロシア大会でピークに達し、万達集団〔商業・文化・インターネット・金融コングロマリット〕・海信集団〔電機メーカー〕・蒙牛乳業〔乳製品企業〕・VIVO〔スマートフォンメーカー〕・雅迪〔電気二輪車等メーカー〕・帝牌男装〔アパレルメーカー〕・指点芸境〔VR技術企業〕の7企業が連なり、8.35億ドルの広告費で世界一となった。
ところが2022年のカタール大会では、W杯の公式スポンサーリストに並んだ中国企業の数は7社から4社に減った。国際サッカー連盟のスポンサーとしては万達、W杯のスポンサーとしては海信・蒙牛・VIVOである。もちろん、他にも一部の企業はW杯に出場するナショナルチームのスポンサーとなっている。例えば伊利集団〔乳製品メーカー〕はアルゼンチン・ポルトガル・スペイン・ドイツの4カ国のチームと相次いで提携した。またキッチン電化製品メーカーの万和電気はドイツのナショナルチームの中国での公式パートナーになることを発表している。
ただし、W杯の公式スポンサーであれ、チームや選手のスポンサーであれ、コロナ大流行後初めてとなるW杯では、中国企業のスポンサーブームは以前ほどではなくなった。だが、中国企業がW杯から姿を消すことはない。
2022年11月5日、浙江省杭州市のメーカーで、W杯・カタール大会のファン向けのマフラーを仕上げている労働者。カタール大会の開催前、この企業が生産する30万本以上のファン向けのマフラーと10万以上のキャップは、全て海外の注文主のもとに発送された。写真/中国新聞社
企業はW杯に便乗したがる。2022年、AliExpress〔アリババグループが運営する国際オンラインショッピングサイト〕は初めてW杯特設サイトをオープンした。責任者の馬祥はこう語る。「当初私たちが特設サイトを作ろうとしたとき、ある化粧品会社の担当者がコンタクトしてきました。『そちらはW杯と関係があるのか』と聞くと、多くのファンが顔に国旗のペインティングをするので、自社の商品を使うのだと言われました」
アリババのオンラインスピード配送サービス「速売通」のW杯特設。写真/取材先提供
義烏は再び「勝ち組」の聖地となった。義烏スポーツ用品協会の推計によれば、2022年の世界のW杯関連商品市場全体で、義烏で生産された商品のシェアはほぼ7割に達するという。
義烏越境EC協会の徐儼会長の示すデータによれば、2010年の南アフリカ大会がおこなわれた1月から5月にかけて、義烏税関から輸出されたスポーツ用品・機器は6554万ドルにのぼる。2014年のブラジル大会がおこなわれた1月から5月には、義烏税関からブラジルに輸出された商品は1.6億ドルに達した。前回の2018年ロシア大会では最初の4カ月の間に、義烏からのロシア向け輸出額は10億元を超えたという。
4年に1度の「W杯効果」の再来は、一部の義烏の企業にとって以前より重要な意味を持つようになっている。
陳顕春は2006年に義烏にやって来た。夫と経営する義烏市金尊文体用品公司〔以下、金尊文体用品〕は主にトロフィーやメダルを扱っている。2020年のコロナの爆発的流行以後、陳顕春は自分の仕事場である義烏国際商貿城〔大規模な日用雑貨卸売市場〕が日増しに閑散としていくのを目にしていた。「以前はかなりの混雑だったのに、ここ数年はコロナの影響で客足が途絶えざるを得ませんでした」。2020年と2021年には、セール情報を送るなど得意客の需要を呼びさます方法を模索し続けていた。だが結果はいつも「既読スルー」で、「いくら商品が安くても客を動かすことはできませんでした。彼らにも販路がないのですから」という。
コロナ前には、陳顕春の扱う商品はイラクなど普通には思いもよらない国で売れ行き好調だった。「創業当初、トロフィーやメダルの大口顧客の多くはイラクからで、いまでもイラクは輸出量の多い相手国です」
他の外国向け商品とは違い、トロフィーやメダルの売れ行きとスポーツ競技会の人気には密接な関係があり、コロナ後は確実に大打撃を受けている。
ようやく状況が好転したのは2021年末のことだった。陳顕春の会社の販売スタッフは、顧客の食いつきが良くなって、自分から引き合いを始めるようになったのを明確に感じた。とはいえ、陳顕春は以前のW杯の年ほど大量に商品を準備することはなかった。それまで、彼女はまだW杯が開催延期になったり、冬のコロナ感染者が増加してファンの競技場での観戦が制限されたりする可能性を心配していた。W杯関連商品のメーカーとして、その年の大会の盛り上がりは前の2回に及ばないだろうと予想していた。
金尊文体用品の責任者である葉徳模の話によれば、会社は何度もW杯関連の注文品の生産に参入しており、2018年のロシア大会期間と今年の注文量はさほど差がないものの、2021年と比べれば6割前後増加しているという。「その理由としてはW杯による刺激もありますが、コロナ後に様々なスポーツ競技会が復活したという要素も重なっているでしょう」
浙江省義烏市の金尊文体用品公司が主に取り扱うトロフィーやメダル。2022年、W杯関連製品の注文量は前年同期比で6割増となった。写真/取材先提供
義烏市蘇承貿易有限公司〔以下、蘇承貿易〕の責任者である詹徳亮の話では、自身は2014年から旗の海外輸出を始め、2018年のロシア大会の年に初めてW杯関連の注文を受けたという。その年に比べ、2022年大会に関わる注文量は予想したほど大幅に増加しなかったとはいえ、それでも伸び幅は20~30%にのぼると話す。
「alibaba.com」〔アリババが運営する企業間マーケットサイト〕のデータによると、今期、W杯関連のサッカーボール・シューズ・ユニフォーム・トレーニング機器や周辺商品が検索ホットワードとなり、スポーツ関連業界全体で価格の引き合いが前年同期比で13%増加している。そのうち、「団体スポーツ」関連商品の購入顧客数は前年同期比で167%増加、累計取引額は77%増となっている。「サッカーシューズ」の購入顧客は前年同期比132%増、累計取引額は同様に229%増となっている。
コロナ後に低迷していたスポーツ用品市場にとって、W杯の刺激はおろそかにできない。その恩恵をこうむる産業の範囲はかなり広く、義烏で集中的に生産されているW杯関連商品にとどまらない。
AliExpressの馬祥は、ファンがW杯を観戦する様々な場面によって、売れる商品も異なるという。自宅で観戦することを選んだ90%の人には、「速売通」〔AliExpressと物流会社の菜鳥網絡が提携して展開しているスピード配送サービス〕でのテレビ・プロジェクター・ソファー・パジャマの売上が増加している。レストランやバーといった公共の場所で観戦することを選んだ9%のファン――なかには自分が熱愛するチームのユニフォームを着て観戦する人もいる――には、ビールなどが爆発的に売れている。さらに、競技場での観戦を選んだファンには、ハンドクラッパーやホイッスルなどの関連商品の売れ行きが伸びている。このほか、W杯は各種PS、Switchのサッカーゲームの販売増加ももたらしている。
アリババ「速売通」が物流会社の菜鳥網絡とタイアップして展開している「W杯専用ライン」の物流サービス。写真/取材先提供
馬祥によればW杯が近づくと、スペインの消費者の「サッカー」というキーワードでの検索数が9月比で200%増加したという。ブラジルとアラブ首長国連邦でのプロジェクター販売の増加率も、それぞれ250%と120%に達した。
W杯関連の注文競争に参入するいかなる企業にとっても、短期間に激増する注文をいかに制するかは死活問題である。
「注文の大洪水」を制する
取材先の企業はおしなべて、これまでのW杯に比べて今回は、生産サイドへのプレッシャーが軽減されたと感じている。
金尊文体用品の葉徳模は「W杯関連の注文品生産は、10月にはほぼ終わっています」と言う。大会の推移により、その後にも追加注文はあるが、数はそれほどでもなく、注文数全体の10%前後だという。
南アフリカに代わって中東からの注文が少し増えた以外はこれまでの大会同様、南米のブラジルとアルゼンチンからの注文が多かったらしい。
葉徳模にとって2022年の最大の違いは、以前のW杯の年のように慌ただしくなかったことだという。「2022年のW杯関連商品の注文は、早いものでは4月には来ていましたが、以前より1カ月ほど遅れました。ただ、大会が11月開催になったため、注文量は前回と大差ない状況で生産サイクルをより長く、少なくとも2カ月長くとれるようになりました」
金尊文体用品の工場の生産能力はトロフィーなら1日におよそ4000個、メダルなら1万個以上可能だ。陳顕春の記憶では、前回のW杯では残業して間にあわす必要があった。「以前のW杯関連の注文は大量で来るのも早く、一部の定番商品については1年前から準備する一方で、繁忙期には他の注文品をできるだけ後回しにし、W杯関連商品の生産を集中的にさばいていました。2018年には、自社工場と提携工場の両方で注文が手一杯になり、スタッフは何カ月も休みなく働き、追加料金を払うから造ってくれという客まで現れました」
これに比べ、今回の工場の状況はかなり落ち着いたものだったと葉徳模は話す。自社工場の生産能力だけで十分需要を満たせたし、繁忙期でもスタッフは「二交代制」をとるだけで24時間体制をとる必要はなく、夜の10時か11時には帰宅できたという。
蘇承貿易の詹徳亮も、注文量はまだ増えているものの同じような感覚だった。「通常は欧米の国で国旗の需要が高いですが、一部の小国の国旗は1年でいくつも売れません。それにブラジルやアルゼンチンのような南米の輸送費の高い国も出荷量は少なめです。ところがW杯関連の注文ではこの状況は一変し、ブラジルやアルゼンチンからの注文量は5割増しほどになります」。2022年のW杯関連注文は南米ではブラジル・アルゼンチン、ヨーロッパではイギリスという3カ国からのものが多いという。特にブラジルの国旗、車旗、フラッグガーランドの注文が多い。「それからカタールの国旗もよく売れ、前の年は1本も売れなかったのに、2022年は毎月数十本も売れています」
詹徳亮の過去の経験によれば、需要が比較的多い法人顧客は通常、W杯開催の3~4カ月前に注文する。一方、需要が少ない個人顧客は1カ月前に注文する。2022年の注文は7~8月に集中していたという。
大会の進行に従って一部のチームが勝ち上がっていくため、他のW杯関連商品とは違い、勝ち上がった国では国旗への需要がさらにちょっとした爆発を迎えることになる。
詹徳亮は特にブラジル・アルゼンチン・フランス・ドイツといった優勝候補の国旗の在庫を多めに確保し、通常時の2倍の量をストックしていた。前回のアフリカ大会の期間には、アルジェリアが勝ち進むにつれて国旗の需要が短期間に急増したという。
実際のところ、国旗の需要は大規模なイベントや事件に合わせて爆発的に増加し、その法則がつかめないこともある。詹徳亮によれば、W杯による需要への刺激は、アメリカ大統領選やイギリスのエリザベス女王死去の場合と似ている。「エリザベス女王が亡くなった当日には、大量のイギリス国旗・手旗・フラッグガーランドの注文をした客がありました」
これは明らかに、企業の在庫と短期間の生産能力に対する試練となる。「アメリカや一部のヨーロッパの主要国については、通常それぞれ1000~2000の国旗を在庫しています。普通は布地にすでにプリント済みですが、最終的な裁断はできていません。突発的な需要が生じれば、1日の生産量は1000本以上可能です」
ただ、2022年のW杯期間には、工場は以前の大会ほど慌ただしくなることはなかった。詹徳亮はこう語る。「1つの理由としては生産サイクルが伸びたことがあります。そのほか、2022年の印刷工場の仕事は以前より空いており、これまでのW杯の年のように順番待ちをする必要もなく、基本的には布地が印刷工場に到着するとすぐにプリントできたこともあります。2018年には順番待ちに半月かかりましたが、今回は3~4日待つだけで済みました」
2022年11月12日、カタールのドーハにあるショッピングセンターで販売されているユニフォームなどの商品。写真/視覚中国
2022年のW杯期間が特殊で工場には生産に時間的余裕があったとはいえ、前出の義烏越境EC協会の徐儼会長のみるところ、W杯関連商品の注文は典型的な「高・短・速」、すなわち需要が高く、サイクルが短く、納品が速い注文である。実際には2016年のアメリカ大統領選で、義烏の企業にはこの種の注文を受ける実力があることがすでに対外的に証明されていた。
2016年アメリカ大統領選の当時、義烏の企業でのトランプ応援グッズの注文量はヒラリーのそれを上回っていた。トランプが当選した後、「義烏指数」はアメリカ大統領選の風向計であるとさえ見做された。徐儼によれば、W杯関連注文はアメリカ大統領選のそれに比べ、「高・短・速」の他に「多」の要素が加わる。つまり、発注は32の参加国のほか、多くの非参加国や、カタールの競技場に観戦に行くファンからも来ている。
中国企業にとって、これはW杯関連注文を制するための最大の試練である。特に初めてこのビジネスに参戦する多くの企業にとってはなおさらだ。
「メイド・イン・チャイナ」をスタジアムへ
李文録氏は、まさか自分の会社の商品がW杯の競技場に登場しようとは夢にも思っていなかった。
李文録は山東必一能源科技有限公司の総経理で、主にゴルフカートのような新エネルギー車を扱っている。2021年9月に初めてW杯関連ビジネスに参入した李文録にとって、会社の商品がどのスポーツの競技場に登場する可能性が高いかといえば、それはゴルフ場であって決してサッカー場ではなかった。2人乗り、4人乗りのゴルフカートを8人や10人乗りにすれば、観光用にも使用可能だ。公園などでよく見かけるバッテリーカーと比較して、李文録は「会社の商品はもう少し高級化を狙ったものです。同タイプの車両の最大の市場はゴルフ場と、ハンティングが盛んなアメリカです」と語る。
このようなバッテリーカーはまさにW杯の競技場でも使用可能であり、「場内カート」として出場チームの選手、審判などの送迎に使われる。「こういう応用場面をもう少し早く思いついていたら、会社は去年から販売の方向性を転換しておくところでした」。李文録にとって、W杯関連の注文を受けたのはいささか唐突なことで「転がり込んだ客」のようなものだった。
2022年9月初め、買い手の購入要望がECサイトで公表された。そこには車両をW杯競技場での人員の送迎に使いたいと書かれており、そこから入札がスタートした。当初の購入数は5、6台で、李文録はその規模からみて、相手は下請け会社だろうと考えた。「W杯全体の注文規模は、きっと遥かに大きなものだったでしょう」。しかしこの注文の争奪戦は激烈なもので、11社の国内企業が参入した。
各社がオファーした後、商談は沈黙期間に入り、買い手からは何日も連絡がなかった。「選択肢が多すぎるのだろうと思いました」。そのときふと思い当たったのは、カタール大会はW杯史上初めて北半球で冬に開催される大会だが、カタールは雨季に当たることだった。そこで顧客に向けて商品の防水性能を紹介することにした。「顧客からはすぐに反応があり、防水性能について紹介したメーカーは我が社が初めてだとの返事でした。おそらくこの専門的な売り込みによって、最終的に我が社は同業のオファーよりも高い価格で注文を獲得し、顧客には注文数を11台にしてはどうかと提案しました」
正式契約となったのはすでに9月23日のことで、W杯の開幕まで2カ月を切っていた。「顧客からすれば開幕までまだ十分な時間があると考えたのかもしれませんが、中国で製造し、フェリー輸送していると飛行機や鉄道のように予定通りにはいきません」。李文録にとって、これは「至急注文」だった。
W杯関連注文の車両と通常注文の車両に大きな違いはないとはいえ、つまるところ規格商品ではない、つまり客がオーダーメイドを要求することが依然としてあるかもしれないため、このようなタイトな納品期限は、やはり生産にプレッシャーがかかる。8・9・10の3カ月は同タイプの車両の販売の最盛期で、工場に舞い込む注文も多く、加えて国慶節休暇も重なる。他の注文は全て後回しにするしかなかった。李文録は工場の担当者と「この注文は中国の男子ナショナルチームの代わりにW杯に出るようなものだ」と冗談で話したという。
工場だけでなく、サプライチェーン全体が速い供給スピードに対応しなければならなかった。例えば特定色の座席のサプライヤーは、最終的に生産サイクルを泣く泣く1週間程度圧縮せざるを得なかった。「通常の状況では、注文品の完成には3週間程度かかります。このときは顧客に10~14日の納品期限を約束するのがやっとでした。しかし最終的にはたった10日前後ですみました。国慶節休暇中は、通常のシフト交替スタッフ以外、すべてのスタッフがこの注文のために忙殺されました」。この注文に応えたことは、最速で顧客が求める商品を提供できるという、現在の国内サプライチェーンの実力を示すものでもあると李文録は語る。
だが、船便のスケジュールだけは李文録にもコントロールできず、もともと10月12日に出発予定だったフェリーは遅延した。幸いに商品はそれでも11月13日に受け入れ港に到着し、通関時間も含めて折よくW杯の開会式に間に合った。
李文録の会社の通常の輸出相手はむしろ東南アジアに多く、中東の顧客と取引した経験はかなり限られたものだった。「外部からは、中東の顧客は『富豪』だと思われるかもしれませんが、実は彼らはインド、パキスタン、バングラデシュなどの南アジアの顧客と同じく、強い価格交渉力があります。ただ、金額に見合った価値を納得しさえすれば、気持ちよく契約してくれます。今回、互いのコミュニケーションは全てオンラインでおこない、こちらからは詳しい動画も送り、相手が商品を受け取った後の組立てに役立ててもらいました」
増加するオンライン注文
李文録の会社の商品と同じように、中国企業が受けたW杯にまつわる注文は関連雑貨にとどまらない。W杯の競技場では、多くの中国企業の商品やサービスをじかに目にすることができた。
三一設備〔建設機械メーカー〕・精工鋼構〔鋼構造製品メーカー〕・巨力索具〔吊具製品メーカー〕などの企業は、カタール大会のインフラ建設に関わっている。また、金龍汽車〔自動車メーカー〕と宇通客車〔バスメーカー〕は、カタール大会で合わせて2817台のバスの注文を獲得した。決勝戦の地となったルサイル競技場の建設工事も中国企業が請け負っている。2016年11月、中国鉄建〔インフラ建設企業〕はルサイル競技場の建設プロジェクトを落札し、これは中国企業が初めて設計・施工全体請負として参入したW杯メイン会場の建設となった。このスタジアムはカタールの首都ドーハの北15㎞の場所にあり、9.2万人の観客を収容でき、2022年大会の準決勝、決勝、閉会式などの重要イベントと競技の舞台になった。
もしも商品が最終的にW杯会場で使われるのでなかったら、上海沃珊貿易有限公司の何琳董事長は、会社が受けた注文に何ら変わった点があるとは思わなかった。何琳によれば、それは普通の注文で交渉プロセスにも通常と異なるところはなかった。もちろん、顧客は商品にW杯用の塗装を求める可能性がある。彼女の会社は、W杯スタジアムのために1万台以上のフェンスを提供した。
2021年7月、会社はECサイトで引きも切らずに様々な顧客からフェンスの引き合いを受けていた。相手は一様に商品をW杯の競技場で使用すると言っていた。国内トップクラスのメーカーのいくつかも、同時に似たような引き合いを受けており、当時、相手は全国的な範囲で同じタイプの商品の調査をしていた。
「当時、これはW杯がらみのかなり大規模な入札の一部で、現地の下請け業者がライバルだという基本的な状況は分かりました。ただ、どこが最終的にこの注文を獲得できるのかは未知数でした」。何琳によれば、この後何人かの問い合わせ客と通常の交渉をしたが、相手はフェンス分野についてそれほど詳しくないと感じたという。終始、むしろ企業側が顧客をガイドし、専門的な情報を提供していた。
2021年の年末ごろ、以前に価格の問い合わせがあった顧客からの要望で何琳が設計図を描き、そのとき基本的に受注は決まっていた。2022年2~3月にはサンプルをカタールに送り、相手は受け取り後すぐに正式な注文書にサインした。6~7月、1万台以上のフェンスの出荷を完了した。
実際のところ、外国企業がW杯関連ビジネスに参入する方式にどんな変化が起きたかといえば、やはりオンライン経由でやってくる顧客が増えたということだろう。李文録のようにオンラインで起業した貿易商でも、葉徳模のようにもともとオフラインで顧客と商売してきた貿易商でも、それは同様である。
確実に言えるのは、2020年以来のコロナ禍によって、国際的なビジネスパーソンの往来がかなり断ち切られたということだ。だが葉徳模によれば、実際にもたらされたマイナス影響は限定的なものだという。海外の顧客が中国で常駐代理人になる場合もあり、ビデオ通話などを通じたオンライン方式の方が効率的で、相手はじかに要求を伝えることができる場合もある。「現在、企業からの注文の6割はECサイト経由のものです」
「以前、オフラインでは顧客と対面で交流し、ともに食事をしたり酒を飲んだりもでき、比較的大口の注文も自然にとることができました。しかしオンラインに移ると、最大の問題はいかに信頼を得るかということで、どんなに優れた製造ラインや技術、開発力をもっていても、顧客はオフラインでのように直感的に理解することはできません。そのためたとえオンラインで宣伝をうっても、顧客資源を注文に結びつけられない問題にぶつかり、逆に一部の貿易企業に『追い越し』のチャンスを与えかねないのです」〔李文録〕
前出の徐儼の提示するデータによれば、義烏が越境EC総合試験区として承認された2018年7月から2021年の10月までに、義烏の越境ECサードパーティー・プラットフォームに登録されたアカウント数は15万を超えている。2021年、義烏の越境EC取引額は前年同期比16.38%増のおよそ1013.57億元であり、その小売取引額は402.04億元、前年同期比16.53%増となっている。
※本稿は『月刊中国ニュース』2023年3月号(Vol.131)より転載したものである。