科学技術
トップ  > コラム&リポート 科学技術 >  File No.24-63

【24-63】「エンボディドAI」が今後のAIの中心に?(その2)

崔 爽(科技日報記者) 2024年07月05日

規模言語モデルやロボット製造などの技術の進歩に伴い、人工知能(AI)に身体性を持たせた「エンボディドAI」がAIの舞台において中心になりつつある。これにはAIのほぼ全ての技術が含まれており、「AIの集大成」と言うことができる。

その1 よりつづき)

 技術の飛躍的な進歩を背景に、エンボディドAI市場が活発になっている。大手メーカーは技術開発で大きな進展を遂げており、商業化や市場開拓の面でブレイクスルーを実現している。例えば、テスラは人型ロボット「Optimus」を自社の自動車工場で初めて商用化すると発表した。人形機器人(上海)有限公司が業界大手企業と共同で立ち上げた新たな研究開発機関は、イノベーションチェーン、産業チェーン、資金チェーン、人材チェーンをカバーする人型ロボットの革新的エコシステムの構築に注力している。また、中国の大手パソコンメーカー、聯想(レノボ)傘下のグローバルテクノロジー産業基金である聯想創投(Lenovo Capital and Incubator)は、エンボディドAI技術に注力する企業に投資・支援することで、同技術の商業化応用を推進している。

 だが、これには困難と課題が影のように付きまとっている。

 まず、大きな課題に直面するのは計算能力だ。エンボディドAIは、膨大な計算によって感知や意思決定、行動のプロセスをサポートする必要がある。タスクと環境が複雑になるにつれて、より高い計算能力が絶えず求められるようになる。

 また、データの安全性も無視できない。エンボディドシステムは、大量のデータを収集・処理することで学習・最適化を行う必要があり、こうしたデータにはプライバシーに関わる個人情報が含まれている可能性がある。

 賽迪顧問(CCIDコンサルティング)AI・ビッグデータ研究センターの鄒徳宝常務副総経理は「エンボディド技術の発展に伴い、それがもたらす可能性がある倫理面やモラルの問題にも注意を払う必要がある。例えば、ロボットがタスクを実行する際に、人にもたらす危害や不必要な損失を防ぐことや、ロボットを人間のモラルや価値観に合わせて行動できるようにすることなどだ」と説明した。

今後のAI発展の重要な方向性に

 NVIDIA創業者兼最高経営責任者(CEO)のジェンスン・フアン(黄仁勲)氏は以前、「AI発展に続く次の波は、エンボディドAIだろう。それは理解し、推論し、物理世界と相互作用するインテリジェントシステムだ」と指摘している。

 鄒氏は「エンボディドAIはAI産業の発展にとって重要な意義を持ち、汎用人工知能(AGI)を実現する上で無視できない価値を持つ。現在の技術・市場動向から見れば、エンボディドAIがAI発展の次の重要な方向性になる可能性が極めて高い」と見解を述べた。

 まず、エンボディドAIは知的エージェントと現実世界のインタラクションを強化している。このインタラクションにより、AIシステムの実用性が増強され、各分野におけるAI技術の応用が促進されている。エンボディドAIはAGIを実現するための一つのカギだ。AGIには人間と同じように、理解し、物理的環境に適応し、複雑なタスクを実行する能力が必要となる。エンボディドAIは知的エージェントが物理的環境とリアルタイムで相互作用し応答することで、環境への感知と理解を実現する。そのため、エンボディドAIの発展が、AGIの実現に対して重要な技術的サポートを提供することになる。

 現在の技術発展動向から見ると、エンボディドAIは既にAI研究のホットトピックとなっている。ディープラーニングや強化学習、転移学習などの技術が進歩し続け、ロボットのハードウェアが成熟するのに伴い、エンボディドAIは一定の技術的基盤を備えるようになった。また、インタラクションを備えたインテリジェントシステムに対する市場ニーズも高まり続けており、これがエンボディドAIの発展に幅広い市場を提供している。

 エンボディドAIの発展に伴うリスクについて、鄒氏は「アルゴリズムの最適化やハードウェアの性能向上などにより、計算能力を絶えず高めてエンボディドAIが必要とする計算リソースを満たす必要がある。また、暗号化技術やデータマスキングなどの手段を活用して、ユーザーデータの安全性とプライバシーを保護するとともに、データ使用の厳格化や共有ポリシーの策定を通じて、ユーザーデータが悪用されたり、流出しないようにする必要がある。さらに、エンボディドAI技術における倫理とモラルに関する規範も策定し、エンボディドAI技術に対する監督・管理と評価を強化し、その行動を人間のモラルや価値観に合致させる必要がある」と強調した。


※本稿は、科技日報「具身智能:步入AI舞台中央?」(2024年5月27日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

上へ戻る